世界自然遺産(候補)に抱かれる国頭村、安田集落体感してきた ~後編~

2018年04月02日 22:06

 前編からの、続き。


 一夜明けて、まだ小さな山里が白み始めて少し経ったAM6:00前後(多分)。
 うるさくてとても寝続けられないほどに、安田集落は声で満たされました。

 都会やちょっとした田舎に住んでる読者の皆さん。
 朝の目覚めの鳥の声といえば、「チュンチュン」と控えめな雀の声か、「カァカァ」という耳につく黒いゴミ漁りの声か、だいたいどちらかだと思うのですが、ここやんばるの朝は、ふた味以上違うんです。


 ピチュルルルルルルルルル・・・・・

         ヒヨヒヨヒヨヒヨヒヨ・・・・・・・・・

  チュキキキキキキ・・・・・

        ピヒョヒョヒョヒョヒョヒョ・・・・

チュピー、ピーー、チュピーー・・・・・・・


 とりあえず文字にしてみましたが、本物の現場は文字ではとても表せないほどにここは極楽かと思うほど多種多様で美しい鳥たちの声で満たされています。

 沖縄に引っ越してきて驚いたことの一つは、朝の鳥の声がとても美しいということでした。例え、それが那覇市内だとしても。。
 そしてここ安田の朝は、那覇市とは比べ物にならないほどに目覚めの声が、素晴らしい。
 耳栓をして寝ている私すらも、「いい声だなーー」と寝ぼけながらに感動しつつ鳥たちの声を目覚めのBGMにしていたのですが、これ、耳栓してなかったらとても寝てられないんだろうな(笑)

 時間も7時を過ぎてくる頃にはほとんど鳥たちの大きな声も聞こえなくなり、彼らの朝のウォーミングアップはこれにて終了。



宿の掃除も終わったし、そろそろ出ますか



とりあえず集落を散歩しよう



安田の共同売店

 沖縄北部といえば、共同売店ですね。共同売店は、単に集落にある小さな売店・・・というわけではありません。地元の方々が出資して運営されているこの共同”売店”ですが、話を聞いていると、ここは単なる売店ではないことがよく分かりました。

 その存在は、言わば集落の中核。
 ここで見聞きした限り、知り得た共同売店の役割ですが、

 ・地域の特産品や地域住民の手作り品を売っている
 ・住民のゆんたく場所
 ・寄付されたDVDを無料レンタル
 ・夜には写真左のテラス(笑)でおじさんたちが飲み会
 ・近くの山に入るための環境協力税の受け取り口
 ・外部からの情報を集落に広めるための窓口(掲示板への張り紙受付)
 ・逆に、外部機関の人たちの情報収集の窓口
 ・一人暮らしの高齢者の見守り

 うーーん、これだけでも多岐に渡りますね!
 コンビニがユニバーサルな利便性を追求した小型店舗であるのに対し、共同売店は集落の生活に密着した小型店舗と言えそうです。



地元の人たちの顔写真で作られたポスター。沖縄では圧倒的劣勢なキリン、ここで頑張ってるようですね

 西表もですが、やんばるの人々も世界自然遺産登録については不安の方が大きいと聞いています。果たして・・・。




牧「うわーー、なんだか画になるなぁ・・・。建物でかくてボロいけど、干してるのはここに住んでるおじぃの洗濯物か何かなのかなぁ・・・」


 そういって一人バシャバシャ写真を撮っていると、この集落に通じている友人がその建物についっと近づいていきました。

友人「こんにちは、外に干してあるものを見たんですけど、少し覗かせていただいてもいいですか?」

男性「どうぞ、上がってください!」





 私はてっきりおじぃの洗濯物かと思っていたんですが、それは全くの勘違いで、こちらのアーティストさんの新作、藍染手ぬぐいを乾かしていたところだったのでした。
 私、つくづく芸術品を見る目がないな・・・orz

 この方は菊田一朗さんという、こちらの集落にお住まいの芸術家。福島市出身でかつては西洋画をやっていたんですが、今は大和絵風水墨画をベースにやんばるの自然を描いているそうです。
 そして、でかくてボロいと思っていた建物は旧公民館で、活用されていないものを菊田さんがアトリエとして拝借しているのだとか。
 せっかくなので、少し菊田さんのアトリエとお仕事を覗かせていただきました。



サガリバナの切り絵

牧「これは何ですか?」

菊田さん「僕の本業ではないんだけど、最近藍染を始めてね。外にも干してるし、共同売店でも売ってるんだけど、手ぬぐいとTシャツを染めてるんだ。これは新作のTシャツの柄で、サガリバナと蝶々だよ!」


牧「こういった着想って、どうやって湧いてくるんですか?」

菊田さん「僕は元々野鳥を観察するのが好きで、イギリスに学びに行ったこともあるんだけど・・・これは頭の中にあるものじゃなくて、素材を探して、じっくり観察するところから始まるんだ。」


牧「観察、ですか。」

菊田さん「ほら、これなんか・・・」





牧「あっ、タナガー(テナガエビ)だ!」

菊田さん「そう。タナガー。例えばタナガーなら、こうやって捕まえてきて、観察を重ねて、細かくスケッチをするところから始まるんだ。」




単純なスケッチではなく、藍染の線をイメージして描かれているように見られる




牧「あ、蜘蛛とクモの巣ですね。かっこいい!今ちょうど布に描いてるとこみたいですけど、型紙って何回くらい繰り返し使えるんですか?」

菊田さん「××××回(ごめんなさい、忘れたけど1万回くらい)。昔は少し強化された和紙だったから耐久性も低かったけど、今は特殊な紙があるからね。この紙は県外産だけど、藍は沖縄産だよ!・・・ほら、」





皆「うわっ!!すごい!!!!」

菊田さん「これが琉球藍だよ。まず、布をこの藍で染めて、型紙の模様は薬品を使うことで藍の色を還元して元の布の色に戻してるんだよ。」




藍の色が濃すぎて、説明してくださる菊田さんの姿が綺麗に映り込んでる・・・

牧「ところで、本業の水墨画ですけど、見せていただいてもよろしいでしょうか?」




菊田さん、次々と屏風を開いて作品を紹介してくださる




菊田さん「これはサガリバナとリュウキュウオオコノハズクね。さっきの話したけど、僕の仕事は観察から始まる。一番時間をかけているのは観察なんだ。花も鳥も、まずは見つけるところから・・・細部まで、しっかり観察するんだけど、相手は自然だからね。時間もかかるんだよ。」

牧「この画、何で描いてるんですか?」

菊田さん「墨だけだよ。墨の濃淡だけで色を表現してるんだ。墨も工業的な墨汁じゃなくて、擦って調整してる。」




樹上のヤンバルクイナ。ヤンバルクイナは夜、外敵に襲われないよう樹上で眠るんです

 ちなみに、安田の集落では軒先の物干し竿で寝てることもあるそうで、「安田あるある」の一つなんだそうです。



サガリバナとヤンバルクイナ

牧「サガリバナ、ピンクだ。これは何の色ですか?」

菊田さん「これはサンゴを削った粉だね。画を描くのに使うものは、全て自然から採れたものばかりなんだよ。」


牧「サンゴって・・・粉になったらピンクになるんですね、知らなかった!ちなみにですけど・・・この画、おいくら位なんでしょうか?」

菊田「サガリバナとオオコノハズクのなら、35万円
(全員「35万円!?」)。よくOIST*研究員の方が買ってくださるね。県内だけじゃなくて県外でも個展をやっててそこで販売もしてるけど、それ以外にオーケストラの音楽に合わせて画を描く、なんてこともやってるよ!」

*沖縄科学技術大学院大学。廊下の展示が常人には理解できないレベルの高度な研究機関



つい先日では、沖縄こどもの国でイベントをやってたそうな



最後に中から一枚。写真の心得がなくても画になるんですよ!

 菊田さんは県外でも活動されていますが、個展で画を売っているだけでなく、オーケストラとコラボして、演奏中に一枚描き上げるといった荒業もこなすそうですよ。このアトリエもいいけど、一度そんなアーティスティックな姿も見てみたいものです。

 思いがけず30分以上もこのアトリエにお邪魔して、「牧さん、まるで取材でしたね」と言われるほどに熱心に菊田さんの話に耳を方向け、水墨画で描かれた美しいやんばるを堪能させていただきました。



その後ウラジロガシで有名な山にお邪魔しましたが、割愛

 さて。
 この日は2つ山に登ったのですが、もう一つの山が・・・なんといえばいいんでしょうか・・・

 

※イメージです

 ほぼ変わらない時間のうちに写真を何枚か撮ってみたところ、回を重ねるごとに写真に白いモヤが写り込んできて・・・家に帰ってUSBからデータを回収しようと思ったら、なんとその山からの写真は、その写真が入っているフォルダごと綺麗さっぱり消え失せていたのでした。

 また見えない何者かにイタズラされてしまったんですが、それにしても初めてだな、こんなパターン・・・。



 というわけで、少し間が空きましたがこの夏に世界自然遺産に登録される予定のやんばるは安田集落での出来事でした。
 他にも色々面白い話があるんですが、例の白モヤの写真もろともフォルダが成仏してしまったおかげで、なんか中途半端な感じになってしまったことは否めません・・・。
 が、この集落は歩いてみるだけでなく、一夜を過ごすことでしか得られないやんばるならではの自然を感じることができる、素晴らしい場所でした。



かつてヘリパッドが建設されそうになり、地元住民が守りぬいた歴史もある、安田の土地

 世界自然遺産登録に際し、地元の人たちが危惧していることの一つは、山を荒らされて何の見返りもないんじゃないか、ということです。つまり、山を歩くだけならタダで、名護や那覇市で宿泊すれば地元にはほとんどお金が落ちない、結局那覇や名護を潤し、自らは疲弊するだけのツールになってしまうんじゃないか、ということです。
 私はあまりやんばるに泊まったことはありませんが、今回安田に宿泊することで、やんばるの自然の豊かさを耳で、翌日歩いて見て目で、体感することができました。
 やんばるの世界自然遺産登録の最たるものは、生物多様性。しかし、山に入って見ただけでは生物多様性なんてサッパリ分かりません。ガイドの案内と、やんばるで過ごす一夜・・これがあってこそ、この土地の世界自然遺産(候補)たる理由を初めて感じることができるのかもしれませんね。

関連サイト:時を紡ぐ、彩りの島 奄美・琉球
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